未来へ羽ばたく神戸空港 - MARINE AIR NOW

神戸空港計画は1946年の「市復興基本計画要綱」に初めて登場。
具体的な神戸沖空港計画は、1969年の関西新空港構想に始まっている。

この構想では、関西新空港予定地は大都市圏からのアクセスの利便性の面で神戸沖が有力とみられていた。
しかし、公害・環境問題に対する世論の関心の高まり、成田・伊丹を契機とする反騒音・反公害運動の活発化で、神戸市は空港誘致を断念してしまうのである。
時が経つにつれて空港に対する意識は変わり始め、神戸沖の再評価あるいは誘致という方向へ政策転換が始まった。
しかし、泉州沖への建設という方針を転換するには至らず、神戸沖空港計画は第6次空港整備計画に地方空港として盛り込まれることとなった。

その後、阪神淡路大震災が発生。神戸市は空港を震災復興の象徴として整備を進めてきた。

そして2006年2月16日、震災復興の象徴ともいえる神戸空港は多くの夢・希望を乗せて飛び立ったのである。


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