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特集

露呈した関空の脆弱性 - 台風21号災害から何を学ぶか

2018年9月4日、台風21号が関西地区に猛威を振るった。関空では1期島が台風による高潮により浸水、連絡橋にはタンカーが衝突し、関西の空の玄関口は完全に機能を停止。奇しくも関空開港24周年の日のことであった。その後、関空は驚異的なスピードで機能を回復したが、連絡橋の完全復旧は2019年の大型連休前の見込みであり、貨物地区については未だに影響が続いている。

今回の災害対応を巡っては、民営化によって責任の所在が曖昧となっている事が指摘され、危機管理体制の面で大きな課題が明らかとなったが、そもそも関西国際空港は空港施設自体に大きな課題が存在する。今回の台風21号災害で我々は何を学び、今後にどう生かすべきか。具体的な視点で分析する。

沈下が続く1期島

関空が埋め立てられた泉州沖は、もともと超軟弱地盤であり埋め立てには不適であった。そのため、空港島の埋め立てに当たっては様々な沈下対策が取られたが、想定以上の地盤沈下に加え、場所によって沈下量が異なる不同沈下に悩まされながら関空は開港を迎えている。

今回大規模な冠水被害を受けた関空1期島。その1期島には既に海抜ゼロ地点も存在しており、想定外の沈下に悩まされてきた過去が数字として現れている。

ちなみに、滑走路に着目すると、1期島に位置するA滑走路の最も低い地点は4.6ft(1.4m)、B滑走路では15ft(4.5m)、対岸の神戸空港の滑走路では17.1ft(5.2m)となっており、関空のA滑走路の標高の低さが際立つ。開港当初よりは沈下速度は落ち着いているものの、現在でも1期島は年間6cm、2期島は年間30cmのペースで沈下が進んでおり、埋め立て開始からの全沈下量はそれぞれ13.25m・15.85mにもなる(関西エアポート発表資料より)。

このままのペースでの沈下を仮定すると、今回冠水被害を受けたA滑走路でも20数年後には海抜ゼロ、すなわち海水面以下の地点が生じてしまうことになる。この沈下現象は、今後収束していくと予想されているが、そのメカニズムは完全には解明されておらず、今後も同じペースで沈下が進む可能性も否定できないのだ。

「200年に1度」をどう考えるか

浸水被害から約1か月後の検証委員会で、今回の台風21号による高波は高さが4mを超えていたことが明らかとなった。また同時に、高さ4mという高波は200年に1度という想定外の規模であったと同委員会では結論付けている。だが、果たしてこれを想定外として片づけて良いのだろうか?

実は、関空では第2室戸台風の最高潮位・南海トラフ地震で津波想定に基づき、護岸の嵩上げ工事を実施したばかりであった。すなわち、今回の高潮はこの想定を大きく上回ったことになるのだ。

近年、地球温暖化が進んだ影響で気象条件は昔と大きく変わり、数十年に一度という災害が頻発している。今回の台風21号によって発生した高潮も、今までの経験に基づけば200年に1度のレベルであったかもしれない。しかし、台風の上陸勢力が年々強まっている昨今、また来年も同じような高潮が発生しないという保証はどこにも無いのである。少なくとも、今回経験したこの高潮は想定内のレベルとして対策を進めなければならない。

また、今回の台風21号では大きな高潮被害が出なかった神戸空港についても、関空と同じ海上空港であるがゆえに他人事ではなく、護岸の高さ・電源施設の配置など再確認・検証が必要である。

限界に近づく護岸の嵩上げ

高潮被害は、高波を防げる高さの護岸を整備していれば、理論上は防ぐことができる。しかし、関空においては護岸の嵩上げが今後実施できなくなる可能性があるのだ。

空港の滑走路周辺には、地上物件が突出してはならない制限表面というものが設定されており、これにより航空機の安全な運航を担保している。下の写真は関空A滑走路の一部を切り取り、着陸帯・進入表面(2%勾配)・転移表面(14.3%勾配)を図示したものである。写真から計測した値のため正確な数値ではないが、転移表面に接する護岸の上限は約3m、進入表面に接する護岸の上限は約9mと推定される。ちなみに、A滑走路における護岸の高さは2.7mと報道されており、転移表面と護岸との間隔は現状でも逼迫していることがお分かり頂けるであろう。

あくまで、この試算は護岸周辺の地盤標高が滑走路標高と同じであるという仮定に基づく計算結果ではあるが、護岸の嵩上げ工事は今後も永遠に実施できる訳ではないのだ。そのため、このまま空港島の沈下が続けば、高潮・津波に対する護岸高が十分確保できなくなることは十分考えられるのである。

解決策としては、新たな埋め立てによって着陸帯から護岸を離した上での護岸嵩上げ、空港島自体の嵩上げなどが考えられる。しかし、いずれの方法も空港を運用しながら施工するとなると、難工事となる上に莫大な事業費が想定される。

大きく沈下している1期島を含め、関空を未来永劫運用していこうとするのであれば、いずれは何かしらの抜本的対策を打たなければならない。

制限表面

19時間もの計画封鎖

台風21号の襲来から約3週間後、台風24号が非常に強い勢力で日本に接近・上陸。この際、関空を運営する関西エアポートは、土嚢で高潮対策をすべく19時間にも及ぶ関空の計画封鎖に踏み切った。

台風21号からの復旧作業が続く最中のことであり、また台風21号の際には多くの旅客が空港内に孤立したことから、この対応には評価する声も多く聞かれた。しかし、このような長時間にも及ぶ空港の閉鎖というのは極めて異例なことである。

幸い、台風24号は予想進路の南側を通過したため、関空に大きな被害をもたらすことはなく、翌朝から運用を再開したが、19時間にも及ぶ封鎖に伴い、多くの欠航便が発生することとなった。

台風接近の際には、航空会社は飛行機への被害を防ぐため、駐機場所を日本各地に移している。その際に、関空が長時間に渡って閉鎖となると、退避先の選択肢としては除外せざるを得ない。そういった意味でも影響は大きいのだ。

今後も台風の接近と共に計画封鎖を実施するのであれば、どの程度の勢力でどういった進路の台風の場合は計画封鎖に踏み切るか、というような明確なガイドラインの策定が必要である。今後も台風が接近する度に土嚢を積んで、毎回空港を閉鎖していたのでは、日本を代表する基幹空港とは到底呼べるものではない。

浸水した地下電源施設

今回、浸水によって大きな被害が出た施設の1つに、第一ターミナル地下にある電源施設がある。

電源施設入口には止水版が設置されていたが、海水はこれを乗り越えて電源施設に侵入し、第一ターミナルは大規模停電に見舞われた。埋め立て時点から相当な沈下が予想されていた関空において、地下に電源施設を配置したのは完全に設計ミスであると言わざるを得ない。

今後、電源施設の移設となれば相当な時間・費用が掛かることが予想されるが、今後も高潮被害と隣り合わせで存在していく事を考えると、電源施設は2階以上の高所への移設が急がれる。

連絡橋以外のアクセス手段の確立

連絡橋へのタンカーの衝突、これは想定外と言えるかもしれない。しかし、テロ等により連絡橋が破壊されると、完全な孤島と化してしまうことが今回証明された訳である。

対岸の神戸空港についても陸側とのアクセスは連絡橋1本であり、同様の危険性を孕んでいる。今後の対策としては、台風等の強風時には連絡橋付近への船舶の停泊禁止を徹底し、連絡橋以外のアクセス手段も確保しておくことが重要になってくる。

今回の台風災害を受け、泉南市を中心とした関空の地元自治体の間では、連絡橋南側に新たな海底トンネルを整備する「関空南ルート構想」が再浮上している。連絡橋のバックアップという意味では大きな意味があるが、現在の連絡橋ですら泉佐野市が通行税の徴収を続けていることを考えても、採算面でかなり厳しいと言わざるを得ない。

似たような構想としては、神戸側と関空を結ぶ海底トンネルを兵庫県が以前から提案しているが、こちらの方が費用対効果は遥かに大きいと言えるだろう。いずれにせよ、連絡橋以外で鉄道・道路のアクセスを新設するならば、莫大な費用・時間が掛かるのは言うまでもない。当面は、現存する海上ルートの定着を図っていくべきだ。

孤島と化した関空島からの利用者救出で、脚光を浴びたベイシャトル。関西エアポートをはじめ、利用者も関空への海上ルートの重要性を再認識したのではないだろうか。ベイシャトルを利用すると神戸側の駐車料金が無料となることから、駐車場で利益を上げたい関西エアポートにとってはある意味で競合相手である。しかし、こういった非常時におけるアクセス手段を複数確保しておくという意味でも、関西エアポートは唯一の海上ルートであるベイシャトルの利用促進に取り組んでいかなければならない。

仇となった関空一極集中

今回、関空が浸水被害で機能停止したことから、その代替として伊丹・神戸に国際線の就航を認め、発着枠を一時的に拡大する措置が取られた(神戸については運用時間も現行より2時間延長された)。この臨時措置によって、国内線については両空港に臨時便が運航されたが、国際線については成田・中部など関西以外の周辺空港へ臨時便が運航されるに留まり、一時的に関西から国際線が無くなるという異例の事態となった。

一時期の関空の経営不振から、両空港では国際定期便の就航は許可されておらず、出入国管理・税関・検疫等の常駐施設が存在しない。そのため、今回の措置では両空港に簡易的な国際線受け入れ施設が短期間で整備されている。

だが一方で、実際に飛行機を運航する航空会社側の事情としては、地上機器・施設の準備が整ったからといって国際線を運航できる訳ではない。国際線のハンドリングが出来る地上係員も必要なのである。

このことから、両空港で国際線の受け入れ体制を短期間で整えることは困難を極め、両空港への国際線就航は見送られることとなったのだ。普段から国際線の受け入れ体制が整っていない空港では、急な国際線のバックアップは果たせないということが証明された訳である。

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「関空が出来てから、インバウンドなどの経済的な効果を十分享受していない」、堺市の竹山市長は10月の定例会見で伊丹・神戸の国際化議論をこのように牽制した。関空から大阪都心部へのルートの途中に堺市が位置しながら、経済効果を十分享受できていないというのは、市自身の努力が相当足りていないと言わざるを得ない。しかも、関空の旅客数が過去最高を記録する中でのことである。今更、経済効果を享受出来ていないと呑気な主張をしているようでは、今後何年経っても状況は同じであろう。

今回の台風災害は、民営化後の関空における危機管理体制の欠如を露呈することとなった。また同時に、関空一極集中の航空政策に警鐘を鳴らし、関西3空港がより緊密に連携していくことの重要性を世間に知らしめたと言える。今年度開催が予定されている関西3空港懇談会では、今回の台風災害を踏まえた有意義な議論がなされることを期待したい。(2018.11.4)

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