未来へ羽ばたく神戸空港

「関西空港は神戸沖に出来るはずだった」そういった話を小耳に挟んだことは無いだろうか?

関西新空港構想において、神戸沖案は最有力視されていた。だが、騒音問題に端を発した「空港=悪」という当時の世論は根強く、神戸市は空港誘致を断念してしまうのである。その後、世論の変化と共に神戸市は空港誘致へと方針転換を図るも、当時の運輸省は聞く耳を持たず、神戸沖国際空港計画は事実上幻と消えた。

一度は消えた神戸沖空港計画であったが、不死鳥のごとく第6次空港整備計画に再び登場。阪神淡路大震災を乗り越え、神戸空港は2006年に開港を迎えることとなる。

しかしながら、関西空港誘致を巡るボタンの掛け違いが生んだ怨念が今も漂う。

運輸省をはじめとする泉州沖空港推進派に排除され続けた神戸沖国際空港計画。
利便性・経済性よりも開発利権を優先し、幻と消えた神戸沖国際空港計画の苦難の歴史を振り返り、地方空港として再出発した神戸空港の将来像に迫った。

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