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パイロットの知恵袋

V1以下の故障でも離陸継続!?奥が深い離着陸の話

離陸継続可否の判断基準 V1 VR V2 とは

「V1」「VR」「V2」の各スピード

飛行機に詳しい方はよくご存じの「V1」「VR」「V2」という速度。この3つの速度は、離陸滑走中にトラブルが発生した際、離陸を継続するか中断するかの重要な判断基準となります。定義は以下の通りです。

「V1」…「離陸決心速度」と呼ばれ、離陸を継続するか中断するかを決断する速度を意味します。離陸滑走を中断(RTO:Reject Take Off)し、制動を掛けた時に滑走路内で安全に停止することが出来る速度に設定されます。

「VR」…「引き起こし(ローテーション)速度」と呼ばれ、パイロットが操縦捍を引きはじめ、飛行機の機首を浮揚させはじめる速度を意味します。

「V2」…「安全離陸速度」と呼ばれ、所定の上昇勾配が得られ、離陸上昇を安全に維持できる速度を意味します。

たとえば、離陸滑走中にトラブルがあった場合、「V1」以下の速度であれば離陸を中断、「V1」を超える速度であれば離陸を継続することになります。極端な例では、「V1」を超えてから片方のエンジンが突然故障した場合、停止するには滑走路の残距離が足りないため、もう片方のエンジン推力のみで離陸を継続することになるのです。

我々パイロットの訓練・審査では、シミュレータにおいてV1前後のエンジン故障を模擬し、それぞれ離陸中断と離陸継続(それに続いて1つのエンジンでの着陸)の技倆が定期的に確認されています。

V1以下の故障でも離陸継続する事がある!?

前項で触れたように、「V1」以下の速度で離陸を中断した場合、計算上は滑走路内で安全に停止できることになっています。しかし、機速が「V1」に近い高速域になればなるほど、滑走路の残距離も余裕が無くなり、離陸中断に伴うリスクは増大します。

そのため、「V1」以下の速度であっても、高速域での無暗やたらな離陸中断は推奨されておらず、離陸継続に支障のない故障が発生した場合や、制動距離に大きな影響が出るような場合(タイヤのパンクなど)については、別の判断基準によって離陸を継続する場合があります。

実は、V1以下でトラブルが発生したとしても、全ての場合で離陸を中断する訳ではないのです。

『離陸(着陸)距離』『離陸(着陸)滑走距離』『加速停止距離』とは?

離陸距離と加速停止距離

『離陸距離』『離陸滑走距離』という用語は似ていますが、前者は「離陸滑走を開始した地点から、飛行機が35ft(約10m)の高度に達するまでの距離」を、後者は「離陸滑走を開始した地点から、飛行機が浮揚するまでの距離」を意味しています。

『着陸距離』『着陸滑走距離』も似たような違いがあり、前者は「飛行機が滑走路末端を50ft(約15m)の高さで通過し、滑走路上で停止するまでの距離」を、後者は「飛行機が滑走路に接地した地点から、滑走路上で停止するまでの距離」を意味しています。

また、「V1」に達する1秒手前で臨界発動機が故障もしくは離陸を中止すべきトラブルが発生し、制動を掛けて停止するまでの距離を『加速停止距離』と呼びます。離陸の際には、この『加速停止距離』と『臨界発動機不作動状態での離陸距離』が滑走路長に収まるように離陸性能が計算されています。

※臨界発動機…離陸滑走中に故障すると、方向維持に係る操作が最も不利になるエンジンの事。双発のジェット機の場合は、左右それぞれのエンジンが臨界発動機にあたる。

重量が軽くても滑走路は目一杯使う!?

接地後に作動するスポイラー。空気抵抗とタイヤを地面に押し付けるダウンフォースを生み出す。

一般的に「飛行機は重くなると離着陸に必要な滑走路長が長くなる」とされます。しかし、実際の運航では、必ずしも重量が重ければ離着陸距離が長くなり、軽ければ離着陸距離が短くなる訳ではありません。

国内線のフライトなどでは、離陸重量が比較的軽いため、離陸に最大離陸推力(TOGAスラスト)を用いると、滑走路長に対して「離陸距離」「加速停止距離」等が極めて短くなり、滑走路を持て余すことになります。

離陸中に片方のエンジンが不作動となった際の安全マージンという観点では、「離陸距離」も「加速停止距離」も短いに越したことはありません。しかし、毎回の離陸にTOGAスラストを利用しているとエンジンの寿命を縮め、燃料消費も増えることから非経済的です。そのため、離陸重量が軽い国内線などのフライトでは、「離陸距離」「加速停止距離」が滑走路長に収まる程度にスラストを絞って離陸することが多いのです。

着陸に関しても、理論上は重量が重いほど着陸距離(着陸滑走距離)は伸びます。しかし、実際の運航では、滑走路を離脱する誘導路をターゲットとし、減速をコントロールしているため、滑走距離は重量に比例しません。

また、これらの理由に加えてフラップの設定等によっても離着陸距離は変化するため、「飛行機は重くなると離着陸に必要な滑走路長が長くなる」とは一概には言えないのです。

フルパワーを使うのはどんな時?

雪氷滑走路での離陸は最大離陸推力(TOGAスラスト)が用いられる

先ほど、通常の離陸ではスラストを絞っていることが多いと解説しましたが、もちろんフルパワーの推力(TOGAスラスト)が使用されるケースもあります。

離陸重量が非常に重い場合や、雪氷滑走路での離陸、強い背風を受けての離陸、ウインドシア(低層乱気流)が予想されているような状況での離陸などは、大きな推力が必要とされます。そのため、このような場合には基本的にTOGAスラストが用いられるのです。

また、ゴーアラウンド(着陸のやり直し)や離着陸中にウインドシア(低層乱気流)に遭遇した場合にもTOGAスラストが用いられます。

着陸の際は、リバーサー(逆噴射)が制動装置として利用できますが、フルパワーで使用することは殆どありません。実は、乾いた滑走路であれば、スポイラーによる空気抵抗とタイヤのブレーキだけで十分な制動が得られることが殆どです。そのため、エンジンへの負荷低減や騒音軽減を目的に、リバーサーは最小限(アイドル)で使用されることが多くなっています。

しかしながら、次の項で紹介する「着陸距離を特に短くする必要がある場合」には、リバーサーやタイヤブレーキを最大限利用することがあります。

『ドシン!』着陸の意味

接地の衝撃が少ないソフトな着陸は、乗客の快適性という観点では望ましいことです。しかし、安全性という観点では不適当な場合もあります。

具体的には以下のようなケースで、いずれも適切な接地点に接地させることが強く求められます。

  • 長さが短い滑走路への着陸…限られた滑走路長で安全に減速・停止するためには、適切な接地点に接地することが求められます。
  • 下り勾配の滑走路への着陸…通常の接地前の降下率では、飛行機は通常の接地点よりも奥に接地することになります。
  • 背風の中での着陸…風を後ろから受けることで、滑走路への進入速度は通常よりも大きくなり、また機速も落ちにくくなるため、通常の接地点より奥に接地する可能性が高まります。
  • 雪氷滑走路への着陸…制動距離が通常より長くなることから、滑走路長を無駄に出来ません。また、接地後の荷重で制動装置を確実に作動させる必要があります。

これらの条件が重なった場合には、我々パイロットは意図的に降下率を大きく残して接地させるため、接地時の衝撃が比較的大きくなることが多いのです。

離陸推力を絞るタイミングも空港・滑走路毎に異なる!

伊丹空港の騒音軽減運航方式(出典:航空路誌)

滑走路から離陸した飛行機は、巡航高度まで離陸推力で飛行する訳ではありません。ギア(タイヤ)を上げて上昇姿勢に移った飛行機は、スラストをもう一段階絞り、さらにフラップを上げて(格納して)加速しながら上昇していきます。

この離陸上昇中の騒音は空港周辺地域に大きな影響を与えるため、離陸推力を絞るタイミング・加速を始めるタイミングなどが空港・滑走路毎に定められていることがあります。これは騒音軽減運航方式と呼ばれます。

また、着陸においても同様に騒音軽減運航方式が設定されている事があり、フラップ・ギアを出すタイミングや、着陸後のリバーサーの使用などに制約が設けられていることもあります。

写真は伊丹空港の騒音軽減運航方式ですが、飛行経路からリバーサーの使用まで様々な制約があることがお分かり頂けると思います。このような制約は、騒音への配慮が特に必要な内陸空港だけでなく、中部空港・関西空港のような海上空港においても定められています。

飛行機の離着陸ひとつを取っても、緻密な計算根拠や様々な制約が存在し、実は奥が深いのです。

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