2022年元旦は、大雪によって新千歳空港発着便を中心にダイヤが大きく乱れ、多数の欠航便・遅延便が発生。大きな混乱を伴う幕開けとなりました。
大雪がもたらす気象条件の悪化は、飛行機の離着陸を阻むという事は言うまでもありませんが、実は昨年と比較すると、今年は運航状況に大きな影響を与えているものがあります。それは「乗務員の勤務時間制限」です。
厳しくなったパイロットの疲労管理
昨今、乗務員の疲労が原因とみられる航空事故・インシデントが世界中で顕在化。乗務員の疲労管理が世界中で課題となっていました。
これを受け、2016年国際民間航空機関(ICAO)が乗務員の疲労に起因する事故を減らすべく指針を公表。この指針で、乗務員の疲労管理において考慮すべき項目が明示されたのです。
日本においても、この指針を元に新たな基準(乗務時間帯・飛行回数・休養設備・時差・待機時間等)が策定され、従来より厳格に乗務員の勤務時間が管理されることになりました。
新基準の導入にあたっては、勤務時間管理が複雑となり、また乗員計画にも影響を及ぼすことから、各航空会社には新基準への移行期間(2021年末まで)を設定。つい先日、その移行期限を迎えたことから、現在では全ての航空会社で新基準による乗務員の疲労管理が始まっています。
「操縦士の疲労管理に関する検討会」とりまとめ公表
(出典:国土交通省)
パイロットの勤務時間制限
パイロットの勤務時間は、航空法や航空法施行規則によって制限を設ける事が明記されており、運航規程の審査要領にその上限時間が定められてきました。従来の乗務割(乗務員の勤務シフト)基準は以下の通りです。
・連続24時間内の最大乗務時間
:2名乗務:国内線8時間、国際線12時間、3名以上の乗務:12時間超
・累積での最大乗務時間
:1暦月:100時間、3暦月:270時間、1暦年:1,000時間
・休養時間
:連続7日間で1日(外国においては連続する24時間)
乗務割基準で定められた上限は原則超過してはならず、超過した場合には航空局への義務報告の対象となります。そのため、各航空会社はその基準・上限を超えてパイロットを働かせることがないよう乗務パターンを組んでおり、乗務員の勤務スケジュールは厳格に管理されているのです。
しかし、上記の基準は時差・乗務時間帯・飛行回数などが考慮されておらず、乗務パターンによって異なる乗務員の疲労度合いをカバーしているとは言えない状況でした。また、飛行勤務時間や休養時間などは欧米各国などに比べて日本の基準は緩く、以下のように大きな違いもありました。
新しい基準で何が変わった?
このように、従来の乗務割基準では乗務員の疲労管理は十分とは言えない状況であったため、ICAOの指針を元に新基準では主に以下のような見直しが行われました。
・乗務時間の上限見直し
…日中帯の2人編成で国際線の場合
:連続12時間から連続10時間へ変更 など
(乗務時間帯・飛行回数等によっても、上限時間が変動するように基準を細分化。)
・飛行勤務時間の上限新設
…日中帯の2人編成で飛行回数が2回の場合
:最大13時間 など
(乗務時間帯・飛行回数等によっても、上限時間が変動するように基準を細分化。)
・必要休養時間の見直し
…勤務終了後から次の飛行勤務までの間に少なくとも10時間の休養が必要 など
(休養の種類を分類し、深夜早朝時間帯の勤務・時差がある勤務後の休養時間を追加。休養施設の設備要件なども明確化された。)
・累積時間上限の算出方法見直し
…「暦月・暦年」から「連続する28日・連続する365日」に変更、飛行勤務時間の上限を新設
・不測の事態への対応
…離陸前に乗務時間が上限を超える見込みである場合には離陸不可 など
乗務時間の上限・必要休養時間など、新基準では多岐にわたって変更が加えられていますが、中でも意外に大きな影響があるのは「不測の事態※への対応」です。
※不測の事態…乗務員の勤務延長が必要となるような遅延・目的地変更等
従来の基準であれば、飛行機が駐機場を出発した後は、遅延等で乗務時間の上限を超える場合であっても、機長の判断によって運航継続が可能となっていました。しかし、新しい基準では、駐機場を出発した後であっても、乗務時間を超過することが判明している場合には、離陸が出来ないことになったのです。
そのため、新基準では「ダイバート後に目的地までの再運航が計画される場合」や「滑走路除雪などによって地上待機時間が伸びる場合」等で、運航打ち切りや引き返しが発生しうるのです。特に大雪の際には、滑走路の除雪や機体の防除氷作業が発生し、地上待機時間が予想以上に伸びることがあるため、「乗務時間制限」を理由に離陸を断念するケースが今後発生しやすくなります。
航空会社も欠航対策を講じている!
このように、乗務員の勤務時間に厳しい制限が課せられたことから、航空会社もこれに起因する欠航を減らすべく対策を講じています。例えば、勤務時間の上限に余裕を持たせた乗務パターンの設定や、スタンバイ※の増員確保などです。
※スタンバイ…急な欠勤や乗務交代に備え、会社や自宅で待機している乗務員のこと
そのため、日頃発生する多少の遅延では、勤務時間の上限に達することはありませんし、仮に勤務時間の上限に抵触する場合には、スタンバイを稼働させることで欠航・遅延を最小限に留めることが出来ます。しかしながら、大雪の影響などで全国的な大規模遅延等が発生した場合には、上記の対策ではカバーできず、一部の便を欠航にせざるを得ないという状況は避けられないのです。
新しい疲労管理基準の導入により、欠航・遅延理由に「乗員繰り」「乗務員の勤務時間」という文言を見る機会が今後増えることになるかもしれません。しかし、その背景には「安全なフライト」を提供するために必要な基準が存在しているという事をご理解頂ければと思います。