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パイロットの知恵袋

【着陸できる?】飛行機の離着陸に必要な気象条件とは?

雪氷滑走路では、着陸できる気象条件が厳しく制限される

「この便は、神戸空港悪天候のため、着陸できない場合は羽田空港へ引き返すか中部空港へ向かう可能性がございます。」

空港でこのようなアナウンスを聞いたことはないでしょうか?

到着空港の悪天候で飛行機が着陸できない可能性がある場合、このようなアナウンスをもって乗客に対して事前の断りを入れることがあり、通称「条件付き運航」と呼ばれています。(悪天候による原因の他に、遅延によって到着空港の運用時間を超過する可能性がある場合にも、条件付き運航となることがありますが、ここでは割愛します。)

以下、天候調査・条件付き運航が発生する理由、飛行機の離着陸に必要な気象条件などを簡単に解説します。

天候調査・条件付き運航とは?

多くの欠航便を知らせる電光掲示板(写真は羽田空港)

航空会社は、各空港の気象予報等を元に運航の可否を判断しており、飛行機の離着陸に必要な気象条件を下回ることが確実な場合には、残念ながら「欠航」という判断が下されます。しかし、少しでも運航できる可能性が残されている場合には、「条件付き運航」で出発するか、搭乗直前まで「天候調査中」とアナウンスされる事があります。

「天候調査中」とアナウンスされるのは、主に以下2つのケースです。

1. 出発地の悪天候のため、使用機材(折り返しとなる前便)が到着できない可能性がある場合
2. 目的地の悪天候が予想され、ギリギリまで天候を見極める場合

1. のケースでは、使用機材(前便)が無事に到着すれば、基本的には「通常運航」として運航されます。良くあるのは 2. のケースで、天候調査の結果、運航が決定した場合でも「着陸できない場合」の条件が付されて運航されることが殆どで「条件付き運航」と呼ばれています。

目的地に着陸できない場合の対応としては、基本的に「出発地への引き返し」と「到着地変更」の2つがあり、各空港の運用時間や天候・搭載燃料量・機材繰り・旅客ハンドリングの都合など、様々な要素を勘案して出発地へ引き返すか到着地を変更するかを決定することになります。

“May divert”と”May return”

飛行機の到着地変更をdivert(ダイバート)、引き返しをATB(Air Turn Back、エアターンバック)と呼ぶという事をご存じの方も多いでしょう。条件付き運航については、”May divert(到着地変更の可能性あり)”もしくは”May return(出発地引き返しの可能性あり)”という用語が乗務員・地上係員の間では使われています。

離着陸を阻む気象条件とは?

飛行機の離着陸を阻む気象条件は、主に以下のようなものがあります。飛行機が条件付き運航となった場合には、目的地の空港において以下の要素の何れかが悪化する(既に悪化している)可能性があるのです。

  • 視程…離陸・着陸できる最低条件が空港毎に定められているほか、各航空会社の規程にも独自の最低条件が定められています。
  • 雲高(鉛直視程)…雲高(鉛直視程)が極端に低いと着陸に支障を来すほか、空港によっては離陸するための最低条件が設けられています。
  • …滑走路に対して強い横風が吹く場合、離着陸に支障が出ることがあります。横風制限値は機種毎に違った値が定められています。また、突風を伴った強風が吹き荒れている場合には、ウインドシアの発生によって離着陸が全面的にストップすることがあります。
  • 雪氷滑走路…降雪の際には滑走路等の除雪作業が行われますので、全く離着陸が出来なくなるというケースは稀です。しかしながら、雪氷滑走路は滑りやすい事から、離着陸重量や横風の制限が通常よりも厳しくなるほか、降雪現象が視程悪化を招き、離着陸を阻むことがあります。

※ウインドシア…風向や風速が急激に変化する風の状態のこと。離着陸中の航空機にとっては非常に危険。

空港の気象情報 ”METAR”と”TAF”

一般的な天気予報で「各地の天気」が報じられるように、「各空港の天気」も気象庁から発表されており、主に以下の2つが運航の現場で利用されています。これらの電文は、読み方さえ分かれば誰でも理解することが出来ますが、ここではMETAR・TAFの解説は割愛します。

・METAR(定時飛行場実況気象通報式)…空港の実況天気を表した電文。以下、羽田空港における2021/3/28 9:00観測のMETAR一例。

RJTT 280000Z 17015KT 9999 FEW030 SCT070 BKN180 19/12 Q1017 NOSIG RMK 1CU030 3AC070 6AC180 A3003

・TAF(飛行場予報気象通報式)…空港の予報天気を表した電文。以下、羽田空港における2021/3/28 14:05発表のTAF一例。(赤字で示した部分は、日本時間29日0時~3時に一時的な強風・強雨・視程悪化が予想されていることを表しています。)

TAF RJTT 280505Z 2806/2912 18012KT 8000 -SHRA FEW010 BKN020
BECMG 2814/2816 19022KT
TEMPO 2815/2818 19030G40KT 2000 +SHRA BR FEW005 BKN008
BECMG 2818/2821 34006KT
BECMG 2900/2903 18008KT

飛行機毎に違う「風」の限界

先ほど挙げた気象条件のうち、離着陸時における「風」は飛行機の離着陸に大きな影響を与えます。中でも、横風(飛行機の横から吹く風)と背風(飛行機の後方から吹く風)には運航上の制限があり、飛行機毎にその風速値に制限が定められています。

この制限値は、多くの旅客機で横風30kt~40kt(15~20m/s)程度背風10~15kt(5~8m/s)程度となっており、この制限値を超える風が吹いている場合、飛行機は離着陸が出来なくなるのです。(視程が悪化している中での離着陸や雪氷滑走路での離着陸は、更に厳しい横風制限値が適用されます。)

また、飛行機の離着陸に大きな影響があるのは、飛行機毎に定められた「風」の条件だけではありません。各空港には離着陸に必要な「視程」の条件が定められており、「視程」も離着陸の可否を大きく左右するのです。

離陸と着陸ではどちらの気象条件が厳しい?

各空港には離着陸に必要な「視程」の条件が定められており、これは「最低気象条件」と呼ばれています。(一部空港では、この「視程」の条件に加えて「雲高」の条件も定められています。)

以下の表は、例として神戸空港の最低気象条件をまとめたものです。離陸と着陸で異なる最低気象条件が設定されているということがお分かり頂けると思います。

離陸の最低気象条件着陸の最低気象条件
RVR≧400m
RVR≧550m
(ILS進入を実施する場合)

VIS≧2,400m
(周回進入を実施する場合)
飛行機の離着陸に必要な気象条件

※RVR(滑走路視距離)…滑走路上でパイロットが滑走路灯などを視認できる距離
 ※VIS(卓越視程)…地平円の全方位の視程を観測し算出した水平視程
 ※ceiling(雲高)…空港とその周辺を覆っている雲の底までの高さ

この表を見れば一目瞭然ですが、離陸は400m以上のRVRが必要とされる一方、着陸はILS進入で550m以上のRVR、周回進入では2,400m以上のVISが必要とされています。また、周回進入での着陸は、水平飛行中に滑走路を視認し続ける必要があるため、雲高は実質的に600ft以上である必要もあります。

このように、離陸と着陸を比較すると、一般的には着陸に必要な気象条件の方が厳しくなっている(より良い天気であることが求められている)のです。

神戸空港では、主に「ILS進入」と「周回進入」という2つの進入方法が実施されているため、これら2つの進入方法のみを取り上げました。しかし、空港への進入方法はこんなにある!のページでも紹介しているように、空港への進入方法は様々な種類があり、各進入方法で必要とされる気象条件もそれぞれ異なります。

視程100mで着陸できる空港もある!?

先ほど、一般的に「離陸」よりも「着陸」の方が必要な気象条件が厳しいと解説しましたが、実はこれを覆すものとして「カテゴリーⅡ・ⅢのILS進入」があります。

ILSにはⅠ・Ⅱ・Ⅲと3つのカテゴリーが存在し、中でもカテゴリーⅢのILSは最も精度が高く、滑走路視距離100mという厳しい条件下での着陸が可能となっているのです。現在、旅客機の多くがカテゴリーⅢのILSに対応していますが、空港はどこでも対応している訳ではなく、カテゴリーⅡ・ⅢのILS進入を実施できるのは一部の空港(霧が出やすい空港や主要空港など)に限られます。

また、カテゴリーⅡ・Ⅲ運航は国交省による特別な許可が必要となっており、カテゴリーⅡ・ⅢのILS進入を実施できる航空会社は実は多くありません。さらに、カテゴリーⅡ・Ⅲの運航許可を取っている航空会社であっても、パイロットがカテゴリーⅡ・Ⅲの資格を持っていないような場合には、カテゴリーⅡ・ⅢのILS進入を実施できません。

目的地が悪天候の際に、航空会社によって欠航・運航の判断が分かれたり、着陸・引き返しの対応が分かれたりすることがあるのは、このILSカテゴリーの差が影響していることもあるのです。

カテゴリーⅢ(CATⅢ)運航

数年前まで、CATⅢは気象条件の差によってCATⅢa・CATⅢb・CATⅢcと細分化されていましたが、現在はCATⅢに統一されています。現在、CATⅢのILSが整備されている空港は、釧路・新千歳・青森・成田・羽田・中部・広島・熊本の各空港で、いずれの空港も滑走路の片側のみがCATⅢのILSに対応しています。

着陸の可否判断はどう判断している?

ここまで着陸に必要な条件として「最低気象条件」を取り上げましたが、実は「着陸の最低気象条件を満たしている」だけでは飛行機は着陸出来ません。先ほど紹介した「着陸の最低気象条件」はあくまで空港への進入を開始できる条件であり、着陸するためには基本的にパイロットが進入灯や滑走路を視認できる必要があるのです。(カテゴリーⅢのILS進入は自動着陸を前提としているため、パイロットが進入灯等を視認出来なくとも着陸は可能です。)

カテゴリーⅠのILS進入では、「決心高度」というパイロットが着陸の可否を判断する高度が定められており、この「決心高度」でパイロットが進入灯・滑走路等を視認できれば「着陸」、視認できなければ「着陸やり直し」の判断を下しています。

着陸の気象条件を満たしている(=RVR・視程などの値が最低気象条件以上である)場合、計算上は決心高で進入灯等が視認できるようになっており、着陸できることが殆どです。しかし、これはあくまでも理論上の話であり、部分的に濃い霧がかかっているような場合には、着陸の気象条件を満たしていても決心高度で何も視認できず、着陸できないこともあります。

最後はパイロットの判断と「運」!

着陸の可否を判断する基準は、横風が制限値内に収まっているか、決心高度で進入灯が視認できるかといった事だけではありません。決心高度で着陸を判断したとしても、気流が不安定で機体が安全に接地できないような場合には、パイロットの判断で着陸を取りやめる(ゴーアラウンドする)こととなります。

特に突風を伴った強風下での着陸は、機体のコントロールが非常に難しく、風速が横風制限値内であっても安全な姿勢での接地が困難となる事があるため、接地間際に着陸をやり直すことも珍しくありません。また、機体の警報装置がウインドシアを検知した場合も、進入を継続することが出来ず、着陸を断念することになります。

※ウインドシア…風向や風速が急激に変化する風の状態のこと。離着陸中の航空機にとっては非常に危険。

パイロット・飛行機が相手にしているのは自然(天気)です。天気の状況は刻々と変化することから、ある気象状況の一部分を切り取って「この風向・風速なら着陸できる」「この視程なら着陸できる」といった確実な事は言えません。そのため、前の飛行機は着陸できたけれども、後続の飛行機は着陸できないといったことが起きるのです。

飛行機が着陸できるかできないかという運命を分けるのは「運」の要素も実は大きいのです。

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