新型コロナウイルスの影響で大幅な航空需要減少に見舞われる中、関西エアポートの山谷社長は2020年度の決算会見で、神戸空港の国際化について「方向性としては失っていない」と発言。アフターコロナにおいて、航空需要は必ず回復するという見通しを語った。
また、先日投開票が行われた兵庫県知事選挙では、大阪府との連携を強調し、伊丹空港・神戸空港の運用拡大を掲げる候補が当選を果たした。今後開催が予定されている関西3空港懇談会において、神戸空港の国際化を具体化させるためにも、新知事にこれまで以上の期待が高まっている。
このように机上の国際化の議論は徐々に進みつつある一方で、神戸空港において今後数年以内に滑走路長変更を伴う可能性がある滑走路改修工事が予定されている。ここでは、その改修が必要な理由と今後の国際化に向けた滑走路延伸の可能性について解説する。
国際化に滑走路延伸は絶対条件ではない!
現在、神戸空港の滑走路長は2,500mである。国内線の運航において、2,500mという滑走路長が支障となることは殆ど無い。しかし、国際線の運航となると一般的には長い滑走路が必要で、神戸空港は滑走路長が足りないとされることがある。
我々パイロットの感覚としても2,500m滑走路は比較的短い部類に入るが、一部の長距離国際便・国際貨物便の運航を前提としなければ、実は国際線の運航は十分可能な長さである。
上記のグラフはボーイング787-9型機が離陸するために必要な滑走路長を表したものである。(離着陸に必要な滑走路長は、各社の航空機仕様や気象条件等によっても大きく左右されるため、上記のデータはあくまでもボーイング社が公表している標準値である。)
このグラフでは、最大離陸重量(離陸重量560,000lb・気温15度・平均海水面高度)での必要滑走路長は約2,800mと示されていることから、燃料や貨物を満載にした状態では、2,500m滑走路から離陸できないということがお分かり頂けるだろう。
もし、2,500mでの離陸を可能とするのであれば、燃料もしくは貨客を約35,000lb減らし、離陸重量を525,000lb程度に制限する必要があり、運航上の制約となる可能性がある。しかし、貨客を減らさず燃料だけを減らしたとしても、10,000km弱の航続距離(飛行可能な距離)は確保され、中~長距離国際線のレンジ(中東・アメリカ西海岸・オーストラリア路線など)はぎりぎりカバーされるのだ。
機材や気象条件によっても離陸性能は変わってくるため、一概には結論付けられないものの、現在の2,500m滑走路でも近距離・中距離国際線の就航は十分可能であるという事がお分かり頂けたのではないだろうか?
短縮?延長?避けられない滑走路改修
ここまで述べたように、滑走路を延長せずとも神戸空港への国際線就航は十分可能である。しかし、神戸空港では別の理由によって数年以内の滑走路改修が避けられない事情がある。それは、滑走路端安全区域(Runway End Safety Area・以下RESA)が基準を満たしていないことにある。
RESAとは、航空機の滑走路逸脱事故の被害を最小化するため、滑走路端に設けられる安全区域の事である。この区域の国際的な設置基準が2010年に改定(滑走路端から原則90m以上、標準240m)され、旧基準で整備された空港が基準に適合しないという事態に陥っているのだ。
滑走路端安全区域(RESA)対策の選定に関する技術検討会
(国土交通省)
国交省はRESA改修の期限を2027年3月までとしており、具体的には以下のような対応策が求められている。直近では、広島空港のRESAを新基準に適合させるため、同空港の滑走路を東側へ60m移設する方針が国土交通省より示された。
●空港用地拡張
●滑走路移設
●滑走路短縮(拡張用地が確保できない場合)
●アレスティングシステム※の導入(拡張用地が確保できない場合)
※アレスティングシステム…滑走路をオーバーランする航空機を確実に減速させ、航空機の損傷を軽減させるシステム。滑走路安全区域(RESA)の長さ及び幅が確保できない場合の代替措置とされている。
神戸空港においても滑走路西側のRESAが新基準を満たしておらず、神戸空港の民営化事業者募集要項にも今後RESAの改修工事が必要となる旨が示唆されている。RESAの改修は、空港の国際化議論とはまた別の問題ではあるものの、神戸空港においては滑走路長が国際化の規模を左右するだけに、RESAの改修は慎重な検討が必要となる。
9.空港運営事業の前提条件
神戸空港 特定運営事業等 募集要項(神戸市)
平成25年4月の「空港土木施設の設置基準」の改正による滑走路端安全区域(以下「RESA」という。)の拡張に関して、対策工事の実施が必要となる場合は、市が工事を実施し、運営権者は、市による工事が円滑に行われるように最大限協力するものとする。なお、当該工事によって増加した施設・空港用地は、空港用施設として、運営権者に維持管理の責任が生じるものとする。
RESA改修に伴う滑走路延伸の動き
RESAが基準を満たさない空港は2016年7月時点で全国に65空港存在。徐々に改修工事が進んでいるが、大半は依然として改修工事にすら着工していない。
同じ兵庫県内の但馬空港でもRESAが基準を満たしておらず、兵庫県はRESAの改修計画策定に着手。この検討案の中では、単なるRESA用地の確保に留まらず、RESAの改修を契機とした滑走路延長が検討されており、2,000m級滑走路の整備を目指すと報道されている。
2,000m級の滑走路となればジェット機の就航が可能となるほか、近距離国際線の就航も可能となるため、地元の期待は大きい。
兵庫県の井戸敏三知事は6日の県議会本会議などで、プロペラ機しか発着できない但馬空港(豊岡市)の滑走路(1200メートル)を延長する方針を明らかにした。ジェット機が就航可能な2千メートル級に延ばし、羽田直行便やアジアへの国際便就航、格安航空会社(LCC)の誘致を視野に入れる。来年1月に有識者や地元代表者らでつくる懇話会を設置し、年末までに機能強化の内容を検討する。
兵庫・但馬空港、滑走路延長へ 1200mから2000m級に(神戸新聞 2019/12/7)
但馬空港(兵庫県豊岡市)のジェット機就航など将来の展望を話し合う懇話会が6日、同空港ターミナルビルで初会合を開いた。今後の航空需要を見通しながら、滑走路(現在は1200メートル)の延長により東京・羽田直行便や国際便の就航を図るなど幅広い可能性を探る。
但馬空港のジェット機就航 懇話会で展望を議論(神戸新聞 2020/2/6)
神戸空港における滑走路延長の可能性は?
神戸空港においても今後数年以内にRESA改修工事に着手する必要があるが、具体的な対応方法については依然として決まっていない。
滑走路を短縮するとしても、たった数十メートルの短縮ではあるが、只でさえ長いとは言えない滑走路長を短縮するということは今後の国際化の幅を自ら狭めることになる。他方、RESA改修対応のためだけに多額の費用を掛けて埋め立て工事を実施することはコストに見合わない。そのため、神戸空港においても但馬空港と同様にRESA改修対応も兼ねた滑走路延伸となる可能性も考えられるのだ。
ただ、神戸空港の滑走路延伸には埋立事業費が課題となるほか、以下の2点について影響があると考えられる。
制限表面への影響
滑走路延伸に伴う1点目のネックは、滑走路長によって「制限表面」の大きさが変わるという事である。
空港の周辺には航空機の安全を確保するため、「制限表面」という建築物の高さ制限が設定されている。この「制限表面」は、「水平表面」「転移表面」「進入表面」「円錐表面」「外側水平表面」で構成されており、これらの表面を超える高さの建築物は空港周辺に設置できないのだ。(神戸空港は地方空港のため、円錐表面・外側水平表面は設定されていない。)
現在の2,500m滑走路は着陸帯等級が「B」に分類されており、水平表面の半径は3,500mとなっている。しかし、今後滑走路を延伸し、滑走路長が2,550m以上の滑走路になると、着陸帯等級が「A」に分類され、水平表面の半径は4,000mに拡大。その場合、ポートアイランドの高層建築物(ワールド本社ビル・ポートピアホテルなど)が新たに範囲に含まれることになり、水平表面から突出することになる。
だが、制限表面には例外的取り扱いが存在し、「地形又は既存物件との関係から航空機の飛行の安全を特に害さない物件」については航空局の許可を受ければ、制限表面からの突出が許可されるのだ。
神戸空港は周回進入区域が南側海上に限定されており、空港北側に存在する物件が航空機の運航に大きな支障を来す事はない。そのため、ポートアイランド内に存在する物件は水平表面の制限は受けない可能性が極めて高いと言えるだろう。(既にポートアイランド内のガントリークレーンが水平表面から突出している上、他の空港においても水平表面から突出する建築物について、同様の例外的取り扱いが行われている。)
余談ではあるが、現在整備が進む大阪湾岸道路西伸部(阪神高速5号湾岸線延伸部)は、ポートアイランド・和田岬間に建設される橋梁・主塔が制限表面に抵触する恐れがあると指摘されていた事がある。しかし、最終的にはポートアイランド・和田岬間に建設される橋梁は制限表面に抵触しない位置に建設されることになり、無事に着工を迎えている。
ちなみに、「制限表面」の他に、計器進入経路を設定する上で「無障害物表面」という制限も存在もする。しかし、進入経路上の最も高い障害物である明石海峡大橋(主塔高さ約300m)とは現状でも十分な間隔が取られているため、「無障害物表面」が滑走路延伸の支障となることは無い。
神戸港の航路への影響
2点目のネックは、神戸港の航路への影響である。
これは神戸空港の計画段階でも指摘されていたことであるが、神戸空港の航空機の進入経路には神戸港の出入口となる航路(空港西側は神戸西航路、空港東側は神戸中央航路)が近接。先程取り上げた「制限表面」のうち、「進入表面」は空港東側・西側共に神戸港の航路には掛かっていないものの、「進入表面」下を航行する船舶はマストなどが「進入表面」を突出しないように求められている。
そのため、滑走路を延伸すると、滑走路と船舶の航行域が更に近接することから、航路等の再設定が必要になる可能性も考えられる。ちなみに、羽田空港のD滑走路新設の際にも同様の問題があり、こちらは近接する東京第1航路の移設が行われ、D滑走路の新設が実現した経緯がある。
このように、神戸空港の滑走路延伸には多少のネックがあるとは言え、滑走路の延伸自体は可能であり、RESAの改修を契機とした滑走路延長も選択肢としては十分考えられる。今後の国際化の幅を広げるという意味では、神戸空港においても滑走路延伸の可能性を追求していくべきだと言えるだろう。