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パイロットの知恵袋

【制限速度引き上げ】12月から離陸後の飛び方が変わる!?空の制限速度の話

2023年9月7日、進入管制区における制限速度は「10000ft以下 250kt」から「10000ft未満 250kt」に改正された。

空港周辺には様々な制限速度が存在する

航空機の機体構造(設計)上、超えてはならない速度を『運用限界速度(速度限界)』と呼び、飛行中の最大速度をはじめ、フラップ・ギアを下げる(上げる)ことが出来る速度など、様々な速度が決められています。航空機はこれらの速度を遵守することで、機体構造の安全性が担保されていますが、実は他にも守らなければならない速度があります。それは空に設定された『制限速度』です。

ここでは空における制限速度を簡単に解説。さらに、2021年12月に予定されている制限速度の引き上げについてもご紹介します。

空にもある様々な制限速度

自動車が走行する公道に制限速度があるように、実は空にも制限速度が定められています。しかし、空全体に制限速度が掛けられている訳ではなく、制限が掛けられているのはごく一部の空域です。

飛行機が行き交う空には、以下のような制限速度が存在しています。公道における自動車の制限速度は多少の超過が黙認されていますが、飛行機の場合は基本的に定められた制限速度を超えて飛行することはありません。

空域

巡航高度などの高い高度帯では基本的に制限速度は定められていませんが、空港周辺のエリアにおいては以下のような制限速度が規定されています。

(航空交通管制圏等における速度の制限)
第百七十九条 法第八十二条の二の国土交通省令で定める速度は、次の各号に掲げる速度とする。

 法第八十二条の二第一号の空域であつて、高度九百メートル以下の空域を飛行する航空機にあつては、次に掲げる航空機の区分に応じ、それぞれに掲げる指示対気速度
 ピストン発動機を装備する航空機 百六十ノット
 タービン発動機を装備する航空機 二百ノット

 法第八十二条の二第一号の空域であつて、高度九百メートルを超える空域又は同条第二号の空域を飛行する航空機にあつては、指示対気速度二百五十ノット

航空法施行規則 第六章 航空機の運航

上記の内容を簡潔にまとめると以下のようなイメージとなります。空港周辺の空域においては、旅客機は『250kt』と『200kt』という制限速度を超過しないように飛行しているのです。

空港周辺に設定された制限速度
  • 200kt(約370km/h):3,000ft以下の管制圏
  • 250kt(約463km/h):10,000ft未満の進入管制区(3,000ft超の管制圏を含む)

管制圏…比較的交通量の多い空港に指定される空域。空港の標点から半径5nm(9km)の区域で、標準的な高さは3,000ft。
 進入管制区…IFR機の出発・到着が多い空港周辺に指定される空域。出発機・到着機の管制が行われる。

制限速度のイメージ

飛行経路

空港周辺の飛行経路上に制限速度が定められている事もあります。これは経路設計上の制約であることが多く、一定速度を超えて経路を飛行すると保護区域を逸脱し、周辺の障害物と安全な間隔が取れない場合などに設定されます。

また、混雑空港などでは最終進入経路上に制限速度が定められ、決められた地点を決められた速度で通過することが求められる事があります。これは各到着機の減速するタイミングを一定とすることで交通流の流れを円滑にし、管制上の効率を上げることを目的としています。

10nm地点を180kt、5nm地点を160ktで通過するように指定されている(出典:航空路誌 RJTT ILS Z 34L)
陸域へのオーバーシュート(経路逸脱)を防ぐために制限速度が掛けられている(出典:航空路誌 RJTT ILS Y 23)

運航上のネックにもなる制限速度

飛行機のフラップは空気抵抗となるため、燃料消費の観点から考えると、離陸後なるべく早く上げることが理想です。しかし、実際には先程紹介した制限速度がネックとなり、離陸後すぐにフラップを上げることは出来ません。

殆どの旅客機は、フラップを上げて飛行するために200kt前後の速度が必要とされます。そのため、管制圏における200ktの制限速度を守るために、一定角のフラップを残したまま飛行する必要があるのです。

さらに、貨物機や長距離国際線の場合、飛行機の重量が重くなるため、完全にフラップを上げるためには250kt以上の速度が必要となるケースがあります。この場合、10,000ft未満の進入管制区に設定された250ktの制限速度を守って飛行するためには、より長い時間フラップを一定角に維持したまま飛行しなければならないのです。(管制官の許可を得ている場合にはこの限りではありません。)

このように、燃料消費・オペレーションの観点では不利となる制限速度ですが、一方では速度が抑えられている事により、目視での危険回避を容易にさせるメリットがあるほか、バードストライク発生時に機体へのダメージを小さくできるというメリットもあるとされています。

緊急時などの例外も!

基本的に、航空機は規定された制限速度を超えて飛行することはありませんが、制限を超過して飛行するケースもあります。よくあるのは、急病人が発生したケースです。

機内で急病人が発生した場合、機内で可能な医療処置は限られるため、一刻も早く着陸し救命措置を取ることが求められます。そのため、このような場合にはパイロットは『管制上の優先権』と『進入管制区における250ktの制限速度超過』を管制官に要求し、飛行機が一秒でも早く着陸できるように最善を尽くすのです。(最終降下開始までに一定速度以下に減速していなければ、その後の減速が間に合わないため、管制圏に200ktを超えて進入するケースは稀です。)

他にも、気象条件や機材の故障などによって、制限速度を守ることが飛行の安全性に支障を来す場合もあり、そのような場合にも制限速度を超過して飛行することがあります。

地上走行には制限速度はある?

離陸のため滑走路に進入する飛行機

ここまで紹介した通り、空には厳格な制限速度が存在しますが、地上走行に関してはどうでしょうか?

実は、航空機が地上走行する際の制限速度については、数字での明確な定めがありません。(海外では『この誘導路は〇kt以下の速度で走行してください』といった規則が定められている空港もありますが、このような規則が設けられているのは極めて稀なケースです。)

航空機の地上走行に関しては、航空法施行規則に以下のような記載があります。

(地上移動)
第百八十八条 航空機は、空港等内において地上を移動する場合には、次の各号に掲げる基準に従つて移動しなければならない。

 前方を十分に監視すること。
 動力装置を制御すること又は制動装置を軽度に使用することにより、速かに且つ安全に停止することができる速度であること。
 航空機その他の物件と衝突のおそれのある場合は、地上誘導員を配置すること。

航空法施行規則 第六章 航空機の運航

このように、航空法には明確な数字として地上走行の制限速度は設けられていませんが、際限なく速度を出して良い訳ではないという事はお分かり頂けたかと思います。

ちなみに、殆どの航空会社は社内規定として地上走行速度の上限を定めており、地上走行は30kt(55km/h)程度が事実上の制限速度となっています。(空港内を移動する飛行機以外の各地上支援車両については、各空港会社が別に制限速度を定めています。)

12月から引き上げられる管制圏の制限速度

航空法施行規則の改正により、制限速度が引き上げられる

実は、来たる2021年12月30日に制限速度に関する規則の改正が控えています。最初に紹介した『3,000ft以下の管制圏の制限速度(タービン機 200kt、ピストン機 160kt)』が一律250ktに引き上げられるのです。

日本の空は、国際的な航空ルールを定めているICAO(国際民間航空機関)の基準を採用して様々な制度設計がされています。しかし、『3,000ft以下の管制圏の制限速度』はICAOの基準には存在せず、日本独自のルールとして運用されてきました。

この制限速度が撤廃されると、出発機は速やかに250ktまで加速し空港から離れていくことが出来るため、管制上の効率が向上します。また、離陸後にフラップを上げるタイミングを早めることが出来るため、僅かではありますが消費燃料の削減にも繋がります。(ただし、空港毎に定められた騒音軽減方式や気象条件によっては、離陸後すぐに加速することが出来ないケースがあるため、一律にフラップを上げるタイミングが変わる訳ではありません。)

乗客が飛行機の加速するタイミングを知ることは難しいと思いますが、この改正後はフラップを上げるタイミングがいつもより早くなったという事を客室からでも実感頂けるかもしれません。

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